自己啓発

【体験談】『アンネの日記』から学ぶこと

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アンネ・フランク

日本の印象:「可哀想な少女」
世界の印象:「もっとも優れた戦争の告訴状」

今回は『アンネの日記』から私が学んだことを紹介します。まず彼女について簡単に紹介すると以下になります。

アンネはユダヤ系ドイツ人の少女で、第二次世界大戦中ヒトラーのユダヤ人狩りから逃れるため約2年隠れ家で生活をしていました。彼女は、隠れ家生活で家族や同居人達と衝突しながらも心の友達の「キティー」という架空の登場人物に宛てて日記を書き始めます。

その後、ゲシュタポ(ヒトラー権力を支えた警察組織)に逮捕されます。彼女を含む隠れ家の住人全員がユダヤ人収容所に連れて行かれ、アンネはベルゲン・ベルゼン収容所にて飢えとチフスにより、1945年3月(推定)にこの世を去りました。彼女は15歳でした。

唯一、奇跡的に生還したアンネの父が彼女の日記を出版することを決意しました。彼女の戦争・平和についての考え、幼いながらも独立した自立心、希望を持って生きる姿は世界中の人々の心を揺さぶり、励まし続けています。

※アンネ達がゲシュタポに見つかってからは、ミープ・ヒース(アンネ達を最後まで支えた女性)がアンネの日記を守り続けアンネの父が生還したのち、彼に引き渡しました。ミープは、1947年刊行後にはオランダの英雄的存在になり、イスラエルは「諸国民の中の正義の人」にあげてたたえ、ドイツは「ドイツ連邦共和国功労勲章」、オランダ女王からは「ナイト」の爵位を受与され、2010年、100歳で死去されました。

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忘れられない『アンネの日記』の名言

さて次に私の大好きなアンネの言葉から始めることにしましょう。

うちのおかあさんや、ファン・ダーンおばさんや、その他大勢の女性たちのように、毎日ただ家事をこなすだけで、やがて忘れられていくような生涯を送るなんて、わたしには考えられないことですから。わたしはぜひなにかを得たい。夫や子供たちのほかに、この一身をささげても悔いのないようなないかを。ええ、そうなんです。私は世間の大多数の人たちのように、ただ無目的に、惰性で生きたくはありません。周囲のみんなの役に立つ、あるいはみんなに喜びを与える存在でありたいのです。私の周囲にいながら、実際には私を知らない人たちにたいしても。私の望みは死んでからもなお生きつづけること!その意味で、神様がこの才能を与えてくださったことに感謝しています。このように自分を開花させ、文章を書き、自分のなかにあるすべてを、それによって表現できるだけの才能を!

書いていさえすれば、なにもかも忘れることができます。悲しみは消え、新たな勇気が湧いてきます。とはいえ、そしてこれが大きな問題なんですが、はたしてこのわたしに、なにかりっぱなものが書けるでしょうか。いつの日か、ジャーナリストか作家になれるでしょうか。

そうなりたい。ぜひそうなりたい。なぜなら、書くことによって、新たにすべてを把握しなおすことができるからです。わたしの想念、わたしの理想、わたしの夢、ことごとくを。(略)

というわけで、わたしはまた勇気を奮いおこして、新たな努力を始めるのです。きっと成功すると思います。だって、こんなにも書きたい気持ちが強いんですから!

1944年4月5日の日記(『アンネの日記』 増補新訂版 文春文庫より)

自立した人間になることを求め続けたアンネ。その他大勢の人のようなごく溢れた普通の人生を歩みたくない、誰かのためになる何かをなし遂げたいと彼女は言っています。私がアンネを好きになった文章です。私は彼女を心から尊敬しています。そして、彼女を決して忘れないためにも、私の心には彼女のスペースがあります。

アンネとの出会い、そして再会

アンネ・フランク私は高校の世界史の授業の資料集の中でアンネを知りました。ユダヤ人で隠れ家に住み、日記をつけていた女の子。当時は、戦争で迫害され命を落とした可哀想な女の子がいたとしか思っていませんでした。

しかし、あくる日大学でジャーナリズムの授業をとっていた時、アンネとの再会を果たします。そして、先ほどの文章に出会ったのです。とても15歳の女の子が書いたとは思えない深い文章で、心が打たれたのを覚えています。その後すぐに『アンネの日記』を買い、読み始めました。

アンネの日記読み進めていくと最初に持った彼女のイメージがいとも簡単に崩れ、私の思っていた可哀想なアンネはどこにもいませんでした。アンネはおしゃべりで明るい、冗談を言うのが好きな、無邪気でちょっぴりおしゃまな女の子でした。たくさんいたアンネの友達は彼女が好きだったことでしょう。学校の場面ではとてもおかしくて何度読み返しても笑ってしまいます。アンネってこんな陽気な子だったんだと驚きました。

しかし、隠れ家生活が始まり、読み進めていくにつれ、彼女の心の奥底の深さ、とても言い表せない繊細さ、その中に滲みでる強さを感じました。そして、突然終わりを迎えた日記の最後に、彼女にもう会えないことへの悲しみに愕然としたのを覚えています。

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幼いながらアンネは強い自立心を持っていた

アンネは13歳から日記をつけていました。彼女は、間違ったことには、間違っていると主張できる人間でした。戦争でも人間に対してもでもそうでした。

アンネは、「自分がどんな人間になりたいか」ともよく分かっていました。先ほど述べた文章のように、アンネの姉のマルゴーのような消極的な人間は嫌だ。隠れ家生活を共にしたファンダーン一家のおばさんや、アンネ自身の母親のような女性、いずれ忘れられてしまうような人間にはなりたくないという強い気持ちがありました。

アンネ自身は家族に愛されなかったわけではありません。ただ、母親と考えが異なり、仲良し家族のようなべったり甘えられる存在であってはいけないと気づきます。個々が独立した存在でいなければならない、そう言っています。
隠れ家生活ではたくさんの理不尽なことをアンネは経験します。隠れて暮らしているのに、衝突が数えきれないほどありました。しかし、アンネは耐えます。侮辱されても怒ること、感情的になることは何もならないと知っていたからです。アンネは怒るに足りないやつだと大人な対応するほど、賢い人間でした。

ある日はアンネは褒められる日もあれば、隠れ家で共同生活をする住人、家族、アンネが唯一信頼を寄せる父親からも責めら、ずる賢い子どもだと言われる日もありました。

アンネは言っています。自分の見本となれる人は近くにいない。自分一人の努力で立派な人間にならなければならない、と。どんなことがあっても、前向きに生きてみせると日記の相手であるキティーに約束しています。

小さな身体の彼女からは、考えられないほど、巨大な考え、葛藤に悩まされ、その思いが爆発しそうになることもありました。一度でいいから自分を愛してくれる人から励ましてもらいたい、そういった願いもありました。当時アンネは15歳。そのくらいの歳の子どもは悩みを抱えていますが、彼女のように自分を上手く表現できる子どもはそういないだろうと思います。

ここまで一挙一動を見まもっていられると、だんだんわたしはとげとげしくなりはじめ、つぎにはやりきれなくなってきて、しまいには、あらためてぐるりと心の向きを変え、悪い面を外側に、良い面を内側に持ってきてしまいます。そしてなおも模索しつづけるのです。わたしがこれほどまでにかくありたいと願っている、そういう人間にどうしたらなれるのかを。きっとそうなれるはずなんです、もしも・・・この世に生きているのがわたしひとりであったならば。

 1944年8月1日 最後の日記(『アンネの日記』 増補新訂版 文春文庫より)

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アンネ・フランクは世界に影響を与えた

アンネ・フランクアンネはチフスで亡くなりました。収容所は不衛生で、食料もほとんどなく、厳しいところでした。大学の授業で、収容所の様子や、アウシュヴィッツ博物館の話や、生き残った人の話などから少しは学んだつもりです。アンネが亡くなった2ヶ月後にイギリス兵が彼女がいた収容所を解放したとのことです。そのほかにも、隠れ家生活でアンネの友人になった男の子、ペーターは亡くなった2日後に彼のいた収容所が解放されたことも分かりました。

歴史にもしもはありませんが、アンネが生き延びていれば、間違いなく世界中の人に影響を与えた人だったでしょう。いいえ、彼女は夢を実現しました。文章にあるように、彼女の望みは死んでからもなお生き続けることでした。彼女の死後、彼女の父親によって日記が出版されました。今なお世界中の人々からアンネの賞賛があります。

『アンネの日記』を読むたびに、アンネと私は似ていると感じます。前向きで、考えることが大好きで、自立した人間に憧れて、誰かのためになりたいと考えている。その一方、怖がりで、自己主張のためか、周りから少し生意気に見られてしまうところがあって。

「一人の人間として強く生きること」「誰かを幸せにしたい」「誰かの人生を良い方向に変えたい」と彼女から学びました。アンネに出会って、話して彼女の友人になりたかった!いつもいつもそう思います。

メンター 人生私の「anne」という名前は彼女の名前が由来です。彼女をいつまでも覚えていられるように、そう思いつけました。彼女のように誰かの人生に影響を与えられる強い信念を持つ人間、私はぜひともそうなりたいのです!

アンネの日記から学ぶことはきっとあります。ぜひ一度読んでみて彼女の考えに触れてみてくださいね。

▼『アンネの日記』を読む▼

ちなみに、アンネの義姉であるエヴァ・シュロスさんの本もあります。(生還したアンネのお父さんが再婚した女性の娘さん)彼女も彼女のお母さんもアウシュヴィッツを経験し、逃れています。この本も『アンネの日記』と同様、心を打たれました。

▼義姉エヴァさんの本を読む▼

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